
須賀敦子の方へ
松山 巖
2014年8月29日
新潮社
1,980円(税込)
人文・思想・社会
カルヴィーノ、タブッキ、サバ、そしてユルスナール。人を愛し書物を愛し、たぐい稀な作品を紡いだ須賀敦子。誘ったものは何だったのか。
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(無題)
「地図のない道」で初めて須賀敦子を知りました。当時、イタリア旅行から帰って「もっとイタリアの事を知りたい」とイタリア関係の本を漁っている中での偶然の出会いでした。その時の印象は「この本のなかには、イタリアの石畳の道がある。空間がびっしりと詰まっている。空気が溢れ出そうだ」でした。そしてもう一冊「ベネツィアの宿」を読みました。 この程度ですから、私は必ずしも須賀敦子の良い読者とは言えませんね。しかし、本書の新聞広告を見かけた時に「須賀敦子の事を体系的に学べば、また新たな著書に挑戦する気になるかも知れない」と思ったのでした。 本書は須賀敦子の生涯を辿るものですが、その手法が月並みではありません。著者は須賀の文章を随所に引用します。著者はその文章から彼女の声を聴きとり、そして関連の深い場所をめぐり歩きつつ縁の人々に話を聴き、自分の思索を深めた記録が本書と言っても良いでしょう。 須賀工業と言えば、今でもれっきとした衛生工事会社として事業展開していますが、それを家業とする須賀家の娘として生まれた須賀敦子が、戦中や敗戦後の苦労や、家庭の不幸のなかで、気丈に自分の生きる道を求め、パリとミラノのヨーロッパに旅立っていく1953年の神戸港の場面で本書は終わっています。だから、イタリア人と結婚して死別・帰国、文筆で女流文学賞を受賞し、がんで死去する後半生は書かれていません。 本書で著者は、まず須賀敦子の読書体験を糸口にして彼女の作品世界を探ります。森鴎外の『澀江抽斎』を彼女がいつ、どのように読み、何を想い、何に惹かれたかを明らかにすることによって、30年以上経って書かれた『ミラノ 霧の風景』でのナタリア・ギンズブルグに対する批評が重なることを、あざやかに描き出します。 また、著書によれば須賀の物語は「外面の流れ」とよばれる「テーマが縦糸」、「内面の流れ」とよばれる「友人や家族のなかで成長する過程」が「横糸」となって綴られる、と分析します。 著者はこれから先、須賀の後を追ってフランス、イタリアの旅をする予定だといいます。イタリアで何を見、何を考えるのか、いまから楽しみです。
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