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啖呵こそ、わが稼業
會津家本家六代目・坂田春夫
坂田春夫 / 塩野米松
2003年12月20日
新潮社
1,760円(税込)
人文・思想・社会
靖国神社や高田馬場の穴八幡を庭に露天商を営んできた会津家。その六代目の親分が、威勢の良い口上「啖呵」を引提げて、“夜店屋”の内実や失われていく縁日と祭りの風景を語り尽くした。
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(無題)
「はいっ、ハイハイハイハイ、悲しからずや、ズボンのおなら、右と左の泣き別かれ。一つ買ってくれた人に一つがおまけです。こっちを買えばこっちがおまけ。こっちを買えばこっちがおまけ、二本そっくりでこの値段ならほんとに安いんだけど、二は憎まれて損をする。芝居でやる憎まれ役が仁木の弾正。よし、二という数字がよくなければ、もう一本まけてやろう、二本買って一本おまけが当たり前、一本買って、あとの二本がおまけだ。さっきのおじさんみたいに、今日はちょっと懐の具合が悪いから、こっちの一本、お金の掛かるほうは明日にして、今日はこっちのやつだけ二本下さいったって、それはだめですよ」。調子の良い口上で人びとを引きつけ、ズボンを売る露天商、香具師(やし) である。そう、フーテンの寅さんの世界である。 本書は、塩野米松が香具師の大親分會津家本家六代目・坂田春夫から聞き書きしたものである。従って全編坂田の語り言葉で編まれているから、独特のアジが醸し出されている。 香具師は露天商の一種であり、大袈裟に言えば日本の伝統文化を地域と共有している存在とも言える。祭礼や市や縁日などが催される境内、参道や門前町を庭場といい、その庭場において御利益品や縁起物の「売を打つ」(販売する)のである。販売といっても、支払われるお金も代金ではなく祝儀ともいえる意味合いをもつ。それゆえ、香具師は価格に見合った品質の商品を提供するというよりも、祭りの非日常(ハレ)を演出し、それを附加価値として商売にしている性格が強い。だから、冒頭の啖呵売で売られているスボンは、粗悪品であるが、お客は騙された事を根に持たないし、そのような人々の存在が社会的に黙認されていたのである。 日本は古来から様々な生業において「組」と言う徒弟制度や雇用関係があり、香具師も噛み砕いて表現すれば、親分子分・兄弟分の関係を基盤とする。しかしこうした関係性を「やくざ」と一言で言っては語弊があろう。なぜなら『香具商人往来目録』という寛永年間の書籍から判断して、彼らは非人に端を発する事が推測される。そして「神農皇帝」を守護神として崇敬しておりおり、博徒の「任侠道」に相当する「神農道」と称する独自の価値体系の中で生きるものだ。以上のような香具師の基礎知識を踏まえて本書を読むと、一段と面白さが湧く事だろう。
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