空海の風景(下巻)改版

中公文庫

司馬遼太郎

1994年3月31日

中央公論新社

817円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

大陸文明と日本文明の結びつきを達成した空海は、哲学宗教文学教育、医療施薬から土木灌漑建築まで、八面六臀の活躍を続ける。その死の秘密をもふくめて描く完結篇。昭和五十年度芸術院恩賜賞受賞。

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Readeeユーザー

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2.5 2018年01月29日

司馬遼太郎はこの小説を「空海」とせずになぜ「空海の風景」としたのだろう。本書を通読していて常に頭の一画を占めていた疑問だ。司馬遼太郎は実に丹念に史料を調査して、従来から言われてきた空海に関わる謎に肉薄しその謎を埋める努力をしているが、果たして人間空海を描くことができたのか。 さて、下巻では司馬遼太郎は伝教大師と弘法大師、日本仏教史上の両巨人に肉薄しようとする。空海を描く上では、最澄は避けて通れない。先ず唐に渡る時からして、最澄は朝廷の正式な使者であるのに対し、空海は得度して官僧にはなったものの、身分は学生で全くの無名の存在である。最澄は天台教学を身につけることを目的に渡唐し、順調に当初の目的を達成して帰国の船待ちの間に密教も学ぶことになる。これに対して空海は、密教の師伝を受けることが目的であった。中国密教の阿闍梨恵果は、空海を一目見てその器に相応しいことを見抜き、胎蔵界・金剛界の密教を空海に譲った。 帰国後の最澄を待ち受けていたのは、皮肉にも密教をわが国に初めてもたらした高僧としての処遇であった。そしてあろうことか、最澄は桓武天皇の命により奈良仏教の最高指導者層に密教の灌頂を行っている。桓武に愛された最澄は奈良六宗と同様に天台宗からも毎年二名の官僧枠を得ることのに成功する。そして五時八経の天台教学を駆使して南都六宗を徹底的に指弾する。最澄を苦々しく思いながらも、宗論で勝てない奈良仏教界は、僧侶の人事権を握っていたので、空海を最澄に対抗させるポストに就かせる。こうして若干37歳で空海は奈良仏教界の名刹東大寺の別当となる。 こうした両巨人が出会うのは、最澄による密教教典の貸出依頼からである。最澄は自宗を天台教学と密教の二本立てとし、主力は天台教学と考えていたようだ。それにつけても、密教については空海に一歩も二歩も引けを取る。そこで空海に師礼をもって、教えを乞うている。しかし、最澄が理趣経の貸出を願うに及んで空海は絶縁を宣言するのである。 これ以降、司馬遼太郎は本書で空海の具体的行動には触れない。しかし、真言密教の創始者として仕事をするのはこれからのはずだ。また、真言密教への司馬なりの理解をもう少し述べてもらいたいところだった。

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