一路(上)

中公文庫

浅田次郎

2015年4月23日

中央公論新社

704円(税込)

小説・エッセイ

失火により父が不慮の死を遂げたため、江戸から西美濃・田名部郡に帰参した小野寺一路。齢十九にして初めて訪れた故郷では、小野寺家代々の御役目・参勤道中御供頭を仰せつかる。失火は大罪にして、家督相続は仮の沙汰。差配に不手際があれば、ただちに家名断絶と追い詰められる一路だったが、家伝の「行軍録」を唯一の頼りに、いざ江戸見参の道中へ!

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-- 2019年12月03日

浅田次郎「一路」

内容に入ろうと思います。 舞台は、文久元年(1861年)の、関ヶ原にほど近い田名部という土地。そこは、七千五百石の蒔坂家が収める領土であり、また様々な背景から、旗本でありながら「交代寄合」という、大名並の格式が与えられている。 小野寺一路は、ずっと江戸で修行の身であり、剣の腕前も学問も秀才なのだったが、急ぎ国元に帰らなくてはならなくなった。 父・弥九郎が亡くなったのだという。失火であり、士道不覚悟、小野寺家は取り潰しの沙汰でもおかしくない状況なのだった。 しかし、そうもいかない事情がある。一路の家は代々、参勤交代の手配をすべて行う供頭という役目を担ってきていた。参勤交代の時期は迫っており、ともかく一路が供頭となって次の参勤交代を仕切らねばならなくなってしまった。家督相続は、参勤交代を無事に済ますための仮の沙汰。つまり、一路が参勤交代を無事務め上げなければ、小野寺家は絶えてしまうのだった。 どう考えても無理である。 というのも一路は、父から供頭の仕事について、何も教わっていないのである。引き継ぐのはまだ先だと思われていたために、一路は父から、江戸で剣や学問の精進するように言われていたのだ。まさか父がこれほどまで早く死んでしまうとは。 しかし、泣き言など言っていられない。供頭としての役回りを果たさねばならない。しかし、一体どうやって…。 一路は、玄関口だけポツンと焼け残った屋敷跡に赴いた。そこで一路は、「元和辛酉歳蒔坂左京大丈夫様行軍録」という小冊を見つけた。これはまさしく、二百数十年に渡って受け継がれてきた参勤交代の心得を記したものなのだった。参勤交代の出立まで数日を残した今、これしか頼りに出来るものはない。 その「行軍録」は、僅かながら一路と話をしてくれる人に聞いてみると(一路と話をしてはならん、というお触れが出ているのだ)、二百数十年の間にだいぶ簡略化されているらしく、現在では行われていないことも多いのだという。 一路は決意した。自分はこの「行軍録」に記されている通りに中山道を歩き、無事江戸までお殿様をお送りしてみせると…。 というような話です。 これはメチャクチャ面白い作品でした!実は浅田次郎の作品を読むのは二作目で、初めて読んだ「地下鉄に乗って」が、個人的にはあまり好きになれなかったんで、どうしても浅田次郎は敬遠していたのです。今回も、ちょっとした機会を与えてもらえなかったら、この作品を読むことはまずなかったでしょう。上下で分厚いし、何よりも歴史が苦手な僕には、江戸時代が舞台の小説とか、普通だったら結構しんどいわけなんです。 しかーし!とにかくメチャクチャ面白かったです!本書は一言で言えば、「田名部から江戸までただひたすら中山道を歩くだけ」の小説なんです。参勤交代のその道中が描かれているだけなんですけど、まあこれが面白いのなんの。お見事!あっぱれ!と言いたくなってしまうような作品でした。 何よりも、個々人の描かれ方が素晴らしく良い。 主役級の人物を挙げるとすると、道中御供頭である一路、お殿様である蒔坂左京大夫、参勤交代の先頭を行く佐久間勘十郎、田名部にある浄願寺の坊主である空澄、参勤交代には加わらず国元に留まる勘定役の国分七左衛門、複雑な事情から二君に使える形となり心労が絶えない御用人・伊東喜惣次と言った面々がいるのだけど、みんな本当に素晴らしい人物なんである。 まず一路。父の急死の報を聞いて慌てて国元に帰るも、一路を待ち受ける現実はかなり厳しいものだった。父から一切引き継ぎを受けていない道中御供頭を完璧に成し遂げなければお家断絶、という超背水の陣の中、メチャクチャ奮闘するのである。 しかし、参勤交代ってのは、凄いシステムだよなぁ、と思う。隔年で国元と江戸を何十人という面々で往復し、国元と江戸に一年ごとに住む。その参勤交代の面々が通ってくれるお陰で、中山道や東海道沿いの店が潤い、また参勤交代の後を追いかける者どもにもおこぼれを分けることが出来るのだけど、それにしても一回の参勤交代にどれだけお金が掛かるものやら。本書の冒頭で一路は、毎年の予算を知らないまま、勘定役に百両請求し、それが通るのだけど、百両ってどれぐらいのもんなんだろう。 しかも参勤交代は、道中で誰かが死んでも、また理由がどうあれ、届出なく期日までに辿りつけなかったりしても、責めを食らうらしい。厳しすぎるなぁ。まあ、その設定が、物語をスリリングにしていくわけなんだけども、まあそれは後々の話。 一路は、家格の違いさえ理解しておらず、なんとなく自分よりも目上っぽいかなという風に見える人に頭を下げたりしるのだけど、時々ぎょっとされたりして失敗だったことに気づいたりする。それぐらい何も知らない状態で、しかも数日後に参勤交代がスタートする、という無茶苦茶な状況で、でも頑張るわけです。 正直なところ、「行軍録」通りに参勤交代を復活させるというのは、破れかぶれのアイデアだったわけです。何も知らないからこそ、「行軍録」に頼るしかない。一路は、とりあえず形から入った。形を「行軍録」通りに整えることで、誰からも文句を言いようがない状態にした。「行軍録」通りにやれば、お家断絶は避けられると信じた。一路にとって「行軍録」は、そう言った意味で御託宣のようなものだったのだ。 本書は、タイトルもまさに「一路」なわけで、道中一路がこれでもかというほど頑張る。もちろん頑張るのは一路だけではないのだけど、一路の頑張りは素晴らしい。 一路は、道中御供頭については父から教わらなかったが、いかに生きるかという点は父から多くを教わった。辛い場面、どうしていいかわからない場面で、よく父の言葉を思い出した。ある場面で語られる、「正義が孤独であろうはずがない」という言葉は、身に染みた。 一路の次に存在感がある人物と言えば、やはりお殿様・蒔坂左京大夫でしょう。 世間では、蒔坂左京大夫と言えば「馬鹿の極み」であると思われている。蒔坂左京大夫をボロクソに言った、こんな場面がある。 『バカが来た。西美濃田名部郡に七千五百石の知行を取る旗本、蒔坂左京大夫。格式高い「交代寄合表御礼衆」二十家が筆頭、城中では大名に伍しての帝鑑間詰、ただしバカの鑑。歴代のバカにつき、歴代が無役。 おまけに芝居ぐるい。三月朔日の町入能の折、飛び入りで下手くそな「藤娘」を舞って、上様の不興を買った。贔屓の成田屋を、あろうことか飛び六方の花ミリから引き倒し、あげくの果てには町人に変装して出待ちをしていたところを町与力に見咎められて、謹慎を申し渡された。その成田屋から借用した鎌倉権五郎の衣装に隈取りまでして、隣屋敷から躍りこんできたときには、病床に伏せっておられたお祖父様も、さすがに怒鳴りつけた』 こう聞くと、蒔坂左京大夫というのはよほどのアホなのだな、と思わされるだろう。その評価は世間の衆目とも一致した評価であり、蒔坂左京大夫は正直ナメられていたし、馬鹿にされていた。 しかし、本書を読めば、蒔坂左京大夫がいかに素晴らしい人物であるか、ということがよくわかるだろう。 本書では、道中、それはそれは様々なことが起こるわけなんだけど、物語の主軸となっていくのは、「謀反」である。帯にも書いてあるからネタバレにはならないと思うんだけど、蒔坂家には御家乗っ取りの噂がかねてより流れていて、未熟な道中御供頭が采配する参勤交代の道中で致命的な失態を冒させて、蒔坂左京大夫を失脚させようという動きが粛々と進行しているのだ。 乗っ取りの首謀者である人物は、蒔坂左京大夫のことを「馬鹿だ」と罵り、それを聞かされ続けている配下の者も、殿様は馬鹿なのだと思うようになっていく。そうやって謀反を企んでいるわけなのだけど、しかしお殿様は決して「馬鹿」などではない。むしろ、物凄く聡明なのだ。普段はその聡明さが表に出ないように、かなり注意深く隠している。それが様々な場面で透けて見えるので、非常に興味深かった。 (下巻に続く)

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みんなのレビュー (1)

とも

starstarstarstar 4.0 2018年01月27日

久し振りに浅田次郎を読みました。さすがに上手いですね。安定感があります。だけど作家というのは、どこでこういう奇想天外な着想を得るんでしょうね。参勤交代をテーマにしていますが、そこへのアプローチが奮っているんですね。主人公の名は小野寺一路。イチロウと読ませるはずが、皆がイチロ、イチロと呼ぶために自らもイチロと名乗る始末です。父の不慮の死により家督を相続して、交代寄合蒔坂家の江戸への参勤を御供頭として務めることになりました。ところが、父からはお勤めについては、何一つ教わっていない一路です。二百年以上前に記された家伝の「行軍録」を唯一の手がかりに、古式に則った行列を仕立てます。五月人形と見間違うばかりの衣装をまとう露払いに双子の槍持奴など、賑やかで個性あふれる行軍に遭遇した人々の反応が楽しいですね。一路の父は、屋敷の失火で逃げ遅れて焼死しました。殿様から賜った家屋敷を消失させたとあっては、家禄召し上げも当然です。参勤道中を無事済ませば、家名の存続だけは叶うかもしれないと告げられたのでした。 こうして始まる一路の御供頭ですが、孤軍奮闘の一路に味方が現れます。菩提寺の住職に旅の易者と髪結い、そして唯一の部下栗山慎吾の面々が個性豊かに影日向となって一路を助けるのでした。かれらは何故見方になったのでしょうか。また、一路が御供頭となって始まった参勤行列は一糸乱れず、強行軍への不満も起こりません。口にこそ出しませんが、彼らの心の中にはある思いがありました。お殿様・蒔坂左京太夫に取って代わろうとする蒔坂将監とその一派への反感です。一路と慎吾の父親は表向き事故死と病死となっていますが、やがて側用人・伊東喜惣治の手にかかったのが明らかになってゆきます。

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