ディファレンス・エンジン(上)
ハヤカワ文庫
ウィリアム・ギブソン / ブルース・スターリング
2008年9月30日
早川書房
946円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
時は産業革命、英国の数学家チャールズ・バベッジによって発明された「差分機関」の完成で、蒸気機関が著しく発達した1855年のロンドン。蒸気が支配する異形の世界で、革命家の娘シビル・ジェラードは謎の紳士との出会いをきっかけに遥かな冒険を夢想し、古生物学者エドワード・マロリーは暴漢に絡まれる女性エイダ・バイロンを救い、国際的陰謀へと巻き込まれる!サイバーパンクの中心的な作家2人が紡ぐ記念碑的名作。
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Type_Yamashita
異世界を文字で表現するということ
想像してみて欲しい。 一つの世界を文字のみで表現したときに感じる思考の広大さを。 今、このレビューを書いているのに使っている狭い机。Bluetoothのキーボードの隣には烏龍茶の缶。 半開きのカーテンの先は曇天で、その空と近い色をした摩天楼。 私の周り、しかも現代的なものばかりにも関わらず、簡易的だが細かに状態を説明するにはしばしば骨の折れる情報量になる。 それが1800年代のイギリス、分岐した歴史となれば白熱灯はガスランプになるし、ライターはマッチとなる。 どんなに細かな物、風景、風俗にしても今を生きる我々とは違う基準が当然のように描かれているという圧倒感。 つまりそれこそが異世界。 転生するのは勝手だが、転生した先の人物が、現代と変わらない価値基準で主人公と関わり合うことをよしとしているうちは決して見出すことのできない幻想。 ディファレンスエンジンが見せる白昼夢はソリッドな文体として生起する。 その奔流に飲み込まれることに躊躇いを捨てたとき、眼前には革命の蒸気。 破壊の煙が立ち上り、霧にも似た空を追うと、十分とは言えない光が、千切れた雲から差し込むロンドンは混沌。 あなたはこのディファレンスエンジンを読んだ。読まなかった。面白かった。面白くなかった。こうした差分が幾重に積もり、あなたの思考に、経験に、本棚に、次なる差分が生まれ、今のあなたとは違うあなたになった。ならなかった。まさかそうなるだなんて。 あなたというエンジンが、この書籍を噛み砕き、何かしらの評価を終えた後、止まることを拒否した反復が次なる記号を求めて回り出す。 あなたの中心では、あるものが育つ。生命に似た自己触媒作用の木であり、思考の根を通して、おのが棄てたイメージの豊穣な腐敗を養分としながら、無数の電光の枝へと分岐し、上へ、上へ、幻視の隠された光を目指す。 死にかけて、やがて生まれる。 光が強烈だ。 光は澄んでいる。 “眼”はとうとう、 それ自身をみなくてはならない。 私自身—— 私には分かる: 私には分かる、 私には分かる 私 !
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