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(無題)
一九二九年に出版されたクリスティー二冊目の短編集。『秘密機関』で初登場して結ばれたトミーとタペンスが、事情により変名で探偵事務所を開くことになり、数々の事件を手掛けていく。各編の冒頭で依頼を受けるに当たり、トミーとタペンスの二人は当時知られていたミステリ小説の探偵たちの一人を選んで手本にすることに言及し、おそらくはその探偵の小説の雰囲気を模倣したような事件に取り組んでいく。当時の探偵の中には現代日本の我々には馴染みの薄い探偵も多いが、ブラウン神父を模倣した「霧の中の男」や、隅の老人を模倣した「サニングデールの謎の事件」などは、タイトルや事件の雰囲気は実に巧みに手本を取り込んでいるのがわかる。この二編はきっちりと殺人事件を扱っていて、私の好きな作品だ。しかし主人公はあくまでもトミーとタペンスなので、若い夫婦の明るく気のおけない会話劇の中で話は進んでいく。 私は、この本の中の一編だけ以前にアンソロジーで読んだことがあって、何のアンソロジーだったかと読みながら記憶を辿ったが、思い出した。ホームズを模倣した「婦人失踪事件」を、『シャーロック・ホームズの災難』というホームズのパロディ・パスティーシュ集で読んだのだ。この作品は、タイトルはドイル風だがパロディめいたユーモラスな結末で、そうした作品が、きっちり殺人事件を描いた前述のような作品と並んでいるバラエティーに富んだ作品集になっている。あるいは、若いクリスティーにとっては、様々な作風を試みた、習熟の前の習作に近い作品集なのかもしれないと思ったりもした。
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