悼む人
天童 荒太
2008年11月30日
文藝春秋
1,780円(税込)
小説・エッセイ
聖者なのか、偽善者か?「悼む人」は誰ですか。七年の歳月を費やした著者の最高到達点!善と悪、生と死が交錯する至高の愛の物語。
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(無題)
ニューヨークのテロで亡くなった死者は一人ひとり名前を覚えられて、追悼されているのに、アフガニスタンやイラクで亡くなる市民は名前も知られず、ただ毎日のニュースで死者の数が読み上げられるだけ、という事態に、作者は言いようのない違和感を覚えたというのだ。それが本書執筆の動機であると言う。 「『何をしているんですか』 思わず言葉をかけていました。まるで祈りをあげているような相手の姿に、動揺したのです。影が静かに立ち上がりました。若い男の人でした。前髪が目にかかる程度に髪を伸ばし、やや面長で、柔らかいもの問いたげな目をしていました。洗いざらしのTシャツに、膝に穴のあいたジーンズ、擦り切れたスニーカーをはき、足元に大きなリュックを置いています。 『いたませて、いただいていました』」 メディアを通じて、あるいは人に教えてもらうことで知った死者を訪ね、悼む旅を続けている青年、静人(しずと)。亡くなった人について<その人はどういう人に愛され、どういう人を愛し、どんなことで人に感謝されていたか>の3点のみを周囲の人に聞き、心に刻むことを心がけている。 主要登場人物は、エログロな記事を得意とする週刊誌の特派記者薪野、静人の母親巡子、そして、通りすがりのワケあり女倖世の3人。つまり、人間の醜さを暴くプロの視点、彼をよく知る肉親の視点、彼をまったく知らない他人の視点という3つのアングルが用意されている。悼む人という奇妙なキャラクターを解き明かすには完璧な設定といえるだろう。 まったく異なる生き方をしてきた3人の人間が、主人公の「すべての人を平等に悼む」という奇妙な行動と出会って、それをどう理解し、どう変わっていくか、というのが、この本の醍醐味だ。自分の死生観、人生観が問われるという、重たい経験をせずにはすまない作品でもある。 その意味で朔也の人物像は、興味深い。朔也は底深い絶望感を抱いている人物として描かれ、愛する妻に自分を刺殺させる筋書きを夢想し、実際に妻に殺人を誘導した。彼は生きることそのものに絶望していた。それは、何かがあったからではない。生まれ持ったニヒリズムだ。ニヒリズムを抱いた赤ん坊なんているわけがないが、私は生きることに対するエネルギーの多寡が人によって必ずあると思う。生きることを肯定的に捉える人と、否定的に捉える傾向性の強い人が現実に世の中にはいるものだ。後者の人は、不健康な存在として世の中からは否定的に見られがちである。しかしよく考えてみると、本人には何の責任もない。そう生まれついてきただけのことだ。 さた、また本書にもどって、後半で もし、奈義倖世を自殺させてしまうストーリーを綴っていれば、この物語は救われない辛いものとなってしまった。しかし実際には、彼女は静人により救出され、自立した悼む人として一歩を踏み出すようになった。 静人の母親坂築巡子は最後に自宅で長女美汐の産む子供の産声を聴きながら息を引き取る。病院でのがん治療継続を望まず、延命治療を拒否し自分らしく自宅で最期を迎えることを選んだが、一つだけ気がかりなことがあった。それは長男の静人が旅に出たまま戻ってこないことだった。もう余命幾ばくもない日にあっても、息子は必ず帰ってくるという願望を捨てなかった。 彼女の臨終の際、赤ん坊の泣き声をかすかに聞き取りながらあの世へと旅立つ描写がある。命の炎が消えようとするときに、生命力に満ちた赤子の誕生は、本書全体に漂う重苦しさを払拭するに十分な明るさがある。
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