無名の人生
文春新書
渡辺 京二
2014年8月20日
文藝春秋
935円(税込)
小説・エッセイ / 新書
戦前の最先端都市、大連で少年期を過ごし、その後の熊本への引揚げですべてを失い、戦後を身ひとつで生きぬいてきた著者。「自分で自分の一生の主人であろう」としたその半生をもとに語られる幸福論。
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(無題)
現代の日本人で宮澤賢治の「雨ニモマケズ」を知らない人は、まずいないでしょうね。でもこの詩を最後まで読んだ人は、どれだけいるでしょう。 ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ 最後はこうなっているんですね。デクノボーと呼ばれる正に無名の人に憧れるけれどもなかなかそうなれない、と自分の人生を嘆いているんですね。賢治が嘆く現実と理想とのギャップは賢治が法華経の信者であったことと密接に関連します。賢治がこの詩を認めた手帳にはさらにこうあります。 南無無辺行菩薩 南無上行菩薩 南無多宝如来 南無妙法蓮華経 南無釈迦牟尼仏 南無浄行菩薩 南無安立行菩薩 法華経を中心に釈迦・多宝が二仏並座、さらに四菩薩が配されるのは、日蓮宗の曼荼羅です。四菩薩は利他の行いをすることに最大の存在意義があります。つまり、自らが功なり名をあげるのではなく、無名の人として他人のために生きる人生を理想としたのです。 この本を読もうと思ったきっかけは、題名からこんな事を考え、本書の著者・渡辺京二は何を考えているのか、興味を覚えたからです。渡辺は無名である事に価値を置きますが、賢治とは力点の置きどころに違いがあるようです。著者は自分が自分の人生の主人であることに最高の価値を見出します。ですから、自らの意にそぐわないことは避けます。これは単に嫌なことはしない、というのとは違います。なぜなら、現代の若者は我慢が足りない、と叱っているからです。人生はうまく行くときもうまくいかない時もあって当たり前なのだから、うまくいかないと言って方向転換すれば幸せになれると思ってはいけない。例えば、出世のためには意に添わない事でもするのではなく、ヒラのままでもいいじゃないか、幸せならば、という考え方です。一方で著者は現代の自己実現や個性、自分探しなどの自己顕示には否定的です。 ところで著者はすでに80数歳、人間ここまで風雪を重ねるといい味がでてきます。嘘がないんですね。飄々とした語り口で「性は男女をつなぐ基本」だから「原発を云々する前に、セックスをやめてしまえば、人類は滅亡する」なんて言われると、思わずウーンと唸ってしまいます。また、こんな一節もありました。「共同コミューン」が崩壊して出来た隙間に、行政や国家が入り込んで、そこを福祉政策で埋めていく。人間は本来、他者との共生や福祉のために自生的に地域共同体を維持する能力を備えているのに、個人の意思を超えてケアが提供されると、どんどん自立性が失われていく。一度ケアに依存してしまうと、病院に通えないと不安なように、より国家のケアを望むようになるという悪循環に陥る。この悪循環を断ち切るには、やはり社会改革だけではダメ。どこかで個人の覚悟が必要になる。その意味では、「社会が悪い」と社会のせいにしてはいけない、と著者は言うんですね。 また、こんな問いかけもありました。反戦主義者の貴方、国が戦争に突入した時、正義を貫くのに戦争に加担しますか、あるいは忌諱しますか。あちこちに考えるヒントというか、興味深い人生のテーマがちりばめられています。僕らの年代でも参考になりますが、著者はしんどい思いをしている若い人へのエールだと言っていますので、若者に勧めますね。
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