
傾国の策
お髷番承り候4
徳間文庫
上田秀人
2012年4月30日
徳間書店
691円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
紀州藩主徳川頼宣が出府を願い出た。幕府に恨みを持つかつての大立者が沈黙を破ったのだ。老中らに緊張が走る。四代将軍家綱に危害が及ばぬよう目を光らせるのは、お髷番にして風心流小太刀の使い手、深室賢治郎。頼宣の想像を絶する企みとはー。骨肉相食む、甲府と館林両家の将軍後継争いも収束の気配を見せず、さらに大奥では刺客が蠢く。相次ぐ天下の大事。賢治郎は打破できるか。書下し時代長篇。シリーズ。
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(無題)
本書の題名「傾国の策」とは何を指すのか考えてみました。国を滅ぼす愚かな策というのですから、国益にそった大局的な策ではなくて、我欲に満ちた策を指しているのでしょうね。考えられるのは将軍家綱の弟、綱重と綱吉の生母・順正院と桂昌院の策謀です。さらには家康の実子にして紀伊徳川家の頼宣の某略です。それにしても本書には数多くの策士が登場します。家光の寵臣、松代伊豆守信綱や阿部豊後守忠明も家綱側ですが、策士といってよいでしょう。綱重や綱吉の小物ぶりに比べて、頼宣のスケールの大きさは突出していますね。最後の戦国武将との異名も納得です。 神君家康などと祭り上げられても所詮は戦国期の覇者であることには違いありません。要は「勝てば官軍」の世界です。頼宣にはまだそのような価値観が残っているのです。ですから、将軍位を簒奪する事を悪事とは考えていないのです。その頼宣が意を決して江戸に上府しようというのですから、大波乱は必至です。 あらためて人類の歴史を振り返ってみれば、それは欲望を剥き出しにした力づくの連続だったことを否定するのは極めて難しいことです。唯一、人間だけに与えられた知性に基づく歴史ではなく、動物と変わらない弱肉強食の世界が繰り広げられたのを思うと悲しい限りです。ひとつだけ心を安らげる事ができるとすれば、ヨーロッパに「ノーブレス・オブルージュ」の言葉が残る事です。直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」となり、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指します。 意識してこの言葉が使われたのは19世紀になってからですが、古代ローマ時代やギリシャのアテナイの時代から社会通念として存在しました。キリスト教成立以前の事ですので、宗教による倫理的強制ではなく、理性に基づく社会契約であると考えると心強いものがあります。現在でもイギリスやフランスのエリートは人一倍働きます。ノーブレス・オブルージュが現在にまで生きているのです。 そんな事に想いを致したとき、我ら日本人エリートのプリンシプルはどこにあるのか、疑問になります。元首相がボロっと失言した「天皇を中心とする神の国」がアイデンティティーでしょうか。でも、こんな意識は明治期以降敗戦までの一時期ですからね。本書の舞台となる徳川期は天皇はないがしろにされていましたよね。半面で平安時代と並んでもっとの平和な時代だったのは、皮肉な事ですね。
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