思いわずらうことなく愉しく生きよ

光文社文庫

江國香織

2007年6月30日

光文社

770円(税込)

小説・エッセイ / 文庫

犬山家の三姉妹、長女の麻子は結婚七年目。DVをめぐり複雑な夫婦関係にある。次女・治子は、仕事にも恋にも意志を貫く外資系企業のキャリア。余計な幻想を抱かない三女の育子は、友情と肉体が他者との接点。三人三様問題を抱えているものの、ともに育った家での時間と記憶は、彼女たちをのびやかにするー不穏な現実の底に湧きでるすこやかさの泉。

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江國香織「思いわずらうことなく愉しく生きよ」
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2019年12月11日

みんなのレビュー (3)

Readeeユーザー

呼吸をするのを忘れそうになる

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3.5 2020年04月13日

「思いわずらうことなく愉しく生きよ」それが我が家の家訓。人はいずれ死ぬのだから、そしてそれがいつなのかはわからないのだから。 素敵な文章がたくさん散りばめられていて、はぁ、と溜め息が出てしまう。羨ましく思えたり、自分と重なって見えたり。何度か、ぱたん、と本を閉じて天井を見上げた。気をつけないと呼吸をし忘れそうになる。深呼吸する。 素敵な週間「月誕生日」。死んだら月命日というのがあるのに、生まれてきたお祝いは年に一回。だから月誕生日をしよう。毎月お祝いをキッチリするわけじゃない、「何歳何ヶ月おめでとう」っていうだけの月誕生日。たった5文字。「おめでとう」って言われるだけ、それだけで嬉しくなる。ここにいてもいいよっていわれてるみたいで安心する。毎月家族の分だけお祝いの日がある。家族の数だけ嬉しい日が多くなる。そういうのって素敵だ。 「いつも笑ってる」これも素敵なこと。心から笑ったのはいつのことだろう。君が噴き出して笑ってる姿を見て、いつも何故か泣き出しそうになる。嬉しいはずなのに涙が出そうになる。うまく笑えない。いつか一緒に心から笑える日がいつか来るだろうか。哀しいなら泣いていい。嬉しくても泣いていい。だから泣きたいときに泣いていいんだ。そういう君を好きになったことは、きっと幸せなことだ。君にためにいつか思いっきり心の底から笑いたい。 思いわずらうことなく愉しく生きよ。 残りの人生、自分なりに精一杯生きたい。そう思えた。本を閉じた。

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Readeeユーザー

(無題)

-- 2019年09月24日

それぞれの個性が強い三人姉妹の話。 こういう女性いるなと思えたり、三人姉妹が故の、特徴だったりが、とても面白くリアルだった。 長女は、DVを受けてるけど、それから逃げれない。 最終的には卒業できたけど。 次女は、結婚に意味を持ってなく、長年付き合ってたかれしと別れる。 三女は、本当の愛を知らないのか、いろんな人と遊ぶが、恋愛下手な隣人と恋に落ちる。 三者三様、とても興味深い人生を垣間見た感じです。

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とも

(無題)

-- 2018年01月22日

本篇の主人公は、麻子、治子、育子の犬山家三姉妹である。犬山家には家訓がある。「人はみないずれ死ぬのだから、そしてそれがいつなのかはわからないのだから、思いわずらうことなく愉しく生きよ」。こんな家訓を誰が定めたかというと、三姉妹の父親である。家訓というより飲食業で成功を収めた父・道造の人生そのものと言って良いかも知れない。道造の人生は、愉楽を追い続けたものであった。だから、犬山家のマイホーム「二番町の家」やその家に納められた家具のこだわりや趣味の良さは、道造の精神が造形されたものでもあった。また、こだわりをあっさりと捨てて、愛人と家を出て行ってしまうのも道造らしさであった。そんなライフスタイルの中でのびやかに育つと、いかにも出来上がりそうな人格を備えた三姉妹である。 長女の麻子は1965年4月生まれの36歳。三姉妹唯一の既婚者。短大卒業後、洋酒メーカー勤務を経て邦一と結婚し家庭に入った。邦一はDV夫で麻子は共依存という精神病理的には、かなりアブナイ夫婦。ドメスティックバイオレンスは妻を支配することにより、自身の欠損している部分を満たそうとする夫の病理である。また、相手から必要とされることに自己の存在価値を見出すことを「共依存」という。夫の酷い暴力被害に遭っていながらも、献身的に夫に尽くす妻がこれにあたる。次女の治子は1967年2月生まれの34歳。大学卒業後、アメリカに留学しMBAを取得し現地で就職。日本帰国後は別の外資系企業に転職した。治子は同棲相手の熊木圭介からプロポーズされるのだが、断ってしまう。「上手くいっているのに、何で結婚なんて言い出すの。このままのどこが不満なの」と言うような女性である。三女の育子は1972年11月生まれの29歳。自動車教習所の事務員。クリスチャンではないがキリストが好きで、置物や葉書をいくつも持っている。高校時代、恋愛というものを理解するために土木作業員のおじさんやホームレスとセックスをした。それを隠すこともなかったので学校に知られるところとなり、謹慎処分になったエピソードが育子を知る上で一番である。 この三姉妹はそれぞれが個性的であるが、共通点がある。それは、仲がいいこと、自分に正直でいようとすること、大切な相手を守ろうとすることである。妻が夫に献身的であることも、独身の女性が自由に恋愛を謳歌することも、注意深い少女が恋愛を避けようとすることも、根っこはひとつなのだ。ところが、彼女らの自分に正直な生き方は、時として周りには奇異なものに映る。 もう一つ、江國香織は女性の感性を前面に押し出して日常を淡々と描くタイプの作家である。そこにはメッセージ性や理屈・主張などといった男社会で幅を利かす要素は微塵も存在しない。つまり、男には理解不能なのが江國香織の小説なのだ。女性読者はこの小説を読んで「あ、そうそう」「わかる、わかる」と同感できるが、男にとっては「それで」「だから」「う、?」となりやすい。この気持ちは、読者ばかりか男の登場人物も感じているようだ。 治子の同棲相手・熊木は一通のメールを残して治子のマンションを出て行った。「きみの考え方は異常で、とてもついていけない」。この台詞の裏には、治子を異常と決めつけた熊木は健全であろうか、健全の客観的基準などなく、所詮は多数派であるかどうかが基準で、それは時代とともに変動する不確かなものではないか、との作者の思いが込められているような気がする。

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