狐舞
吉原裏同心 23 長編時代小説
光文社文庫
佐伯泰英
2015年10月8日
光文社
660円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
吉原裏同心の神守幹次郎に、かつて出奔した豊後岡藩から復藩の話が舞い込む。突然の話に訝る幹次郎だったが、そんな折り、吉原に出店を持つ呉服屋の主が殺された。探索を続けるや、名門旗本の存在がちらつき、背後には吉原乗っ取りを狙う新たな企てが浮かび上げる。難問山積の幹次郎はかつてない大捕物に豪剣で立ち向かうー。超人気シリーズ、待望の第二十三弾。
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(無題)
狐舞とは、吉原で大晦日に行われた行事である。狐の面を被り、両手に御幣、又は御幣と鈴を持って舞った。遊郭に上がり込むと、遊女たちを囃し立て、追いかけまわした。遊女たちの間では、この狐に抱きつかれると子を身ごもるとの評判があり、身ごもっては商売ができない遊女たちは、おひねりを撒いて抱きつかれるのを防いだという。 「江戸の名物伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われるほど多くの稲荷神社が江戸市中に祀られていたようだ。「稲が荷る」とあるようにもともとは、五穀をつかさどる神・倉稲魂神(ウカノミタマノカミ)を祭神としていた。それが江戸時代に入るといつの間にか商売繁盛の神となり、大衆の人気が一斉に高まった。稲荷狐が稲荷神との誤解が一般に広がったのもこの頃からだった。吉原郭内にも開運稲荷・九郎助稲荷・榎本稲荷・明石稲荷が祀られて遊女らの信仰を集めていた。本書は寛永2年の大晦日を中心に繰り広げられる物語である。 さて、狐舞であるが、本書の中で神守幹次郎扮する狐に薄墨太夫が抱きつかれる場面がある。また、幹次郎に想いを寄せる薄墨太夫の心の内を知る妻・汀女は「一度だけなら薄墨太夫と情を交わしても良い」と幹次郎に告げる。この辺に新たな展開がありそうな予感もするし、そうでもないような、なんとも微妙なところだ。 現代であればフリンあるいは大人のお付き合いで済まされるのだろうが、江戸時代の武士階級における男女の情愛である。何よりも貞淑である事を求められる武士の妻・汀女を奪って出奔した二人である。仮に夫に探し出されて斬り殺されても文句が言えない立場である。女敵討といって合法化されていたのである。 豪腕・幹次郎の悪漢を切り倒す場面もさる事ながら、武家出身の薄墨太夫との成り行きから眼を離せない。
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