昭和の犬

姫野カオルコ

2013年9月30日

幻冬舎

1,760円(税込)

小説・エッセイ

柏木イク、昭和33年生まれ。いつも傍らに、犬。犬から透けて見える飼い主の事情。『リアル・シンデレラ』以来となる長編小説!

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Readeeユーザー

(無題)

-- 2018年01月22日

昭和33年生まれの主人公・柏木イクの幼い頃から50代になるまでの半生が淡々と語られる。本人は「私は恵まれていた」と述べるが、両親の住む滋賀県から逃げるように上京し、恋愛も結婚もせず、当然子どもも設けず、50歳を前に親の介護に滋賀と東京を往き来する女の人生は果たして幸せだったのだろうか。イクが人と接したり営業トークをしないで済む職業として選んだのが清掃会社であった。そんな人生を決定付けたのは、家庭環境だったのではなかろうか。「人間は人間として生まれるのではなく、人間として育つのである」。そう考えると、幼児期の家庭環境ほど子供の成長に影響を与えるものはない。イクの父親は大正生まれで中国大陸での兵役とシベリア抑留の経験を持つ。多分辛い思いをしたはずだが、心の内を語ることはない。ただ、時たま家族には我を忘れて激しい怒りを露わにするのだった。そんな夫に絶望している母もイクが飼い犬に太腿を噛まれた時、笑って見ているような人であった。イクは人前で自分の意見を言ったり自己主張することのできない少女に成長していた。 僕はこの小説を読みながら、3年前に亡くなった大正生まれの我が父の事を考えていた。僕が大人になってから父とは、乗り越えるべき目標であり、乗り越えたと密かに自覚できた時からは、心の中に占める父の存在は小さくなる一方であった。父親との話題は、何時も仕事や景気や経済に終始し、父は心の内を推し量ることができる本音をこぼすことは皆無であった。一度だけ中国旅行を話題にした時に、自分も行ったことがある、と言ったので思わず「え、いつ」と問うたが、「戦争で」と言ったきりで、それ以上戦争体験に踏み込むことはなかった。父は戦争体験を語って戦争の悲惨さと無意味さを次世代に伝えようとはしなかった。ただ、ただ嫌悪し、自らの兵役時代の思い出には、一生蓋をしようと固く心に誓ったかのようだった。戦争と軍隊と国家を嫌う父の気持ちは、最後まで軍人恩給を請求しようとしなかったところにも明らかであった。 戦争は天災、事故、犯罪、虐待などと並んで心的外傷後ストレスを引き起こす最も大きな要因である。恐らく父も戦争による強い精神的衝撃が原因で、ストレス障害を引き起こしていたのだろう。今なぜこんなことを言いだすかといえば、イクと同様に僕も父から愛されていた、と断言するには戸惑いを伴うからである。僕の父はイクの父親のように声を荒げることもなかったし、世間の親がするであろう一通りの事はしてもらった。しかし、それ以上でもなければ以下でもなかった。親としての責任は果たすが、それ以上を求められても困る、と言外に言っているような態度であった。叱られもしなかった反面、褒められもしなかった。まるで関心がないような態度は、愛情という感情に欠けている人のようであった。この小説を読んで、それが戦争によるトラウマからくるものであれば、全てが腑に落ちる思いであった。 さて、個人的なことを長々と書いてしまったが、本書には題名の通り、犬と昭和のエピソードが盛り沢山である。犬好きの人、昭和の時代の空気を吸った人、昭和にロマンを感じる人には大変に楽しい書物である。

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