『永遠の0』と日本人

幻冬舎新書

小川榮太郎

2013年12月31日

幻冬舎

880円(税込)

人文・思想・社会 / 新書

「妻と娘のために必ず生きて帰る」と言い続けながら特攻を志願した、『永遠の0』の主人公・宮部久蔵。その強烈な生と死は、「特攻とは何だったのか」「日本人はなぜあの戦争を戦ったのか」という、我々が向き合うことから逃げてきた問いをつきつける。映画『永遠の0』から、『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』、小説『永遠の0』、そして特攻隊員たちの遺書へ。丹念な読み解きを通して、「戦後」という見せかけの平和の上に安穏と空疎な人生を重ねてきた日本人に覚醒を促す、スリリングな思索の書。

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mxa

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1.8 2020年08月26日

日本への愛国は理解するにしても、新書としては無駄に戦争を美化しすぎに感じました。大西将軍のように神風を命令し、終戦後切腹した人もいるのでしょうが、牟田口、富永、某新聞をはじめ日本人の面汚しは多かったのではないですか?そういうバランス感覚が必要だと思います。

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Readeeユーザー

(無題)

-- 2018年11月15日

5/7 hontoにて購入

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Readeeユーザー

(無題)

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2.3 2018年01月27日

著者は昭和41年生まれの今年、48歳。現在の我が国を動かしている中心世代だ。私は昭和22年生まれの67歳、団塊の世代の代表選手だ。団塊の世代と言えば、少子高齢社会を構成する一方の旗手、換言すれば社会保障を享受できる最後の世代、イヤ社会保障費増大の元凶だ。若い世代の負担によって生きながらえているのだから、過去の人としておとなしくしていれば良いのだが、今の40代、50代の社会の中核となる人々に一種の違和感を感じて、一言いいたくなってしまう。何を言いたくなるのかと問われれば、世の中が右傾化することへの警鐘である。勿論、右も左も中庸もあって良いし、様々な勢力それぞれが自由に発言出来る社会こそ健全な社会だと思う。ところが、ここ5〜6年の世の中を見ているとナショナリズムを基軸に一斉に右傾化し、その事の危険さを疑わない風潮に恐ろしさを感じるのだ。 何故こんな事を述べるかといえば、本書が映画『永遠の0』から『風立ちぬ』、『終戦のエンペラー』、小説『永遠の0』を通じて「戦後」という見せかけの平和の上に安穏と空疎な人生を重ねてきた日本人に覚醒を促すとともに、かつての太平洋戦争の日本の立場を賛美する内容だからだ。著者は戦後日本の平和と繁栄をどう認識しているかをまず見てみよう。それは第二章戦後日本の美しき神話の宮崎アニメ批判に明瞭である。少し長くなるが引用しよう。 戦後日本は、日米安全保障条約を核とするアメリカの軍事力の庇護のおかげで、平和と繁栄を享受してきた。それにもかかわらず、我々日本人は、その自らの生存に関する最も本質的な事実から目を逸らし平和憲法のおかげで平和が続いたと言うフィクションを信じ込んでいる。そして戦後レジュームからの脱却こそが必要と訴える。以上の認識には私も全く同感である。ここまでは良いのだが、ではどのような社会や国家を創り出すべきかと言う点になると、とんでもない方向に行ってしまうのだ。戦前の軍国主義や皇国史観の肯定である。 本書第一章は「戦争は単なる悪なのか」と標題されるが、その内容は戦争を肯定するばかりか賛美さえしている。その根拠として「戦争が絶対悪だと言う極端な思想は、実は新しいものなのだ」。「革命や一方的虐殺の悪は戦争にはるかに勝る。戦争はむしろ英雄叙事詩を生み、人類のロマンの淵源となった」。「戦争の現場は悲惨だが、その悲惨な運命を引き受けて、これに打ち勝つ勇者は、古来人間の理想像だった」。等々根拠にもならない理屈を並べて著者は映画「永遠の0」の美しさを讃えている。これは大東亜戦争(著者はアメリカ相手の戦争は、白人の植民地支配からアジアを繁栄に導く思想性を秘めたものとして、あえてこのように言い換えている)や皇国史観の肯定であり、自虐史観の対極にある考え方だ。ここらの著者の臆面のなさには、いささか辟易とさせられる。私どもの世代の知識人はもう少し抑制の効いた物言いをしたものだったが・・・。

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