かまさん 榎本武揚と箱館共和国
門井 慶喜
2016年10月13日
祥伝社
946円(税込)
小説・エッセイ / 文庫
榎本釜次郎武揚。日本最大最強の軍艦「開陽」を擁して箱館戦争を起こした男。旗本出身ではあるが、海軍伝習所に学び、三年半ものオランダ留学を経験した男。科学者であり、技術者であり、万国公法に通じた法学者ー幕末から維新を駆け抜けた、「武士の鑑」か「武士の風上にも置けぬ」裏切り者か。真にあるべき「新しい日本」を唯一捕りに行った、不屈の挑戦の物語!
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(無題)
釜次郎だから、かまさん、のちの榎本武揚である。江戸末期、粋や洒落を好む江戸っ子気質は、身分の上下に関わらず人々の心に浸透していたようで、支配階級の武士の間でさえ、くだけた呼びかけ方は当たり前のことであった。だから、「かまさん」であり「りんさん」であった。そう、この小説はオランダ留学から戻った「かまさん」こと榎本釜次郎を迎えに出た「りんさん」こと勝麟太郎、のちの勝海舟が再会を喜びあう場面からスタートする。そして、函館五稜郭陥落までを描く。その間に流れる著者の思いは、釜次郎は何を考えて行動したかであった。 幕末における歴史的人物の中で、徳川慶喜と榎本武揚ほど毀誉褒貶が相半ばする人物はない。著者の思いも同じであったのであろう。歴史好きの父親が著者に付けた名前が慶喜。己と同じ名前を持つ幕末の重要人物が歴史の転換点で何を感じ、どう考えて行動したか、そこに思いを馳せたいと願うのは、同じ人としてまことに理解しやすいところだ。 それはさておき、今回は榎本武揚。この人物に対して「最後まで官軍と戦った榎本が函館戦争後、明治政府で要職を歴任したのは武士道に反する。変節漢ではないか」との批判がある。著者の疑問も同じところにある。著者が熟考した結果は次の通りである。 榎本は徳川幕府に忠誠を誓ったが故に箱館戦争を起こしたのではなかった。榎本が新政府軍と戦ったのは「箱館共和国」建国のためであった。だから、「二君に見えず」の武士のモラルを踏み外していないとの論理である。それでは、榎本は共和国建国の夢を捨てたのは何故かとの疑問が新たに発生する。それは、箱館戦争末期に人々の心に国民意識や国家概念がいつのまにか醸成されていることに気づいたためであった。お上から国家へ、領民から国民へと時代意識の変化を実感し、既に明治新政府のもと近代国家建設が始まっており、その流れが人々の心にしっかりと定着した事を意識したがために自らの理念或いは野望を放棄したのである。
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