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日本人は性をどう考えてきたか
クローン時代に生かすアジアの思想
人間選書
市川茂孝
1997年9月30日
農山漁村文化協会
2,042円(税込)
人文・思想・社会
クローン人間が誕生するということは、「父も母も平等に子の親である」という近代的な男女平等主義の根拠を消滅させることである。そのあとに来るものは?アジアの性思想が女性原理をベースにした新たな文化のヒントになるのではないかー。大胆かつ雄大なスケールの文化史論。
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(無題)
性をどう考えるかは、生殖観を問うことであり、生殖観はとりもなおさず生死観と言いなおすことができる。本書の面白さの第一は縄文、弥生時代の生殖観から始まって現代のクローンまで体系的に論じているところにある。また空間的には我が国の原始的アミニズムにとどまらず、東洋全体にまで広がり、中国、インドの哲学をも網羅する。「文化の底流には、常に生殖観が存在する」との著者の見識は新鮮である。 アナトリア文明博物館を訪れたのは今から何年前の事だったろうか。いまでも印象に残っているのは、兵士が団体で見学していた姿だった。鉄器を発明したヒッタイトの末裔であるばかりか、かつて西は北アフリカのモロッコから東はアゼルバイシャンまで、北はウクライナ・東ヨーロッパから南はイエメンに至る実に広大な領域を支配していたオスマントルコの血縁につながる兵士たちである。民族の誇りを忘れないようにとの教育であろうか。 もう1つ忘れられないのが豊かな胸と腰が強調された地母神の展示であった。この博物館は日本からの経済援助を受けているにも関わらず、日本語の説明文は掲示されてなかった。それでも、この地母神が豊穣を願うものであることは、容易に想像できた。我が国でも似たような土偶が長野県茅野市の棚畑遺跡から発掘されている。珍しく完全な形で出土したところから好事家の間では「縄文のビーナス」の名で親しまれている。ところがこの土偶、縄文時代の遺跡からは発掘されるが、農耕が始まった弥生時代に入ると、全く出土しなくなる。本来であれば農耕の結果として期待される豊穣こそ、弥生人の願いであるはずである。なぜなのだろうか。本書に提示されるこんな疑問や、疑問に対する著者の仮説も興味深い。 農耕民族の母神信仰に基づく女系社会から男系社会へ変化したキッカケは何によるか、との考察も興味深いものがある。妊娠は性交の結果もたらせることを人類は知らなかった、との認識である。だから、子を産む女性は神と崇められ、まず女系社会が形作られたのだ。やがて性交によって妊娠する事を知った彼らは、次第に「子種は父の精液に宿る。母はこれを育てるに過ぎない」と考え、父系血族の生命一体感の思想を構築していき、父権性社会へと移行していったのだった。 そんな騎馬民族系の男系生殖観を打ち破るものが次に現れる。釈迦の仏教である。「赤白二たい冥合論」で男女平等の生殖観が打ち立てられたのだ。ここから先が本書のもう1つの読みどころである。仏教発生の因縁から発達の経緯、仏教の最終形態である密教がなぜ生まれたか、日本仏教の特質まで、ざっくりとしかもこんなに分かりやすく書かれたものを他に知らない。よほど仏教を自家薬籠中の物にしていなくては、こうは書けないであろう。
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