異邦人
原田マハ
2015年2月24日
PHP研究所
1,870円(税込)
小説・エッセイ
たかむら画廊の青年専務・篁一輝と結婚した有吉美術館の副館長・菜穂は、出産を控えて東京を離れ、京都に長期逗留していた。妊婦としての生活に鬱々とする菜穂だったが、気分転換に出かけた老舗の画廊で、一毎の絵に心を奪われる。画廊の奥で、強い磁力を放つその絵を描いたのは、まだ無名の若き女性画家。深く、冷たい瞳を持つ彼女は、声を失くしていたー。京都の移ろう四季を背景に描かれる、若き画家の才能をめぐる人々の「業」。『楽園のカンヴァス』の著者、新境地の衝撃作。
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禁断の園へ足を踏み入れてしまった。篁一輝は妻の母、克子との情事の時を持ってしまったのだった。それは感情に流されてのことではなかった。たかむら画廊を倒産の危機から救うためであった。妻・菜穂が一輝に距離を起き、やがて離れていったのは、夫と母の情事が原因ではなかった。妊娠が菜穂に生理的変化をもたらしたかといえば、それも当たらない。強いて言えば、京都という土地が触媒となって菜穂の心に科学変化をもたらしたのかもしれない。 京都での菜穂の立ち位置は旅行者以上居住者未満である。だから、土地の人からは異邦人に映る。しかし、菜穂の心の中は旅情以上に土地への思い入れに満ちている。京都の春の宵の匂いは、湿った花の香りにも似た儚げな青さである。旅行者ではこんな匂いを嗅ぐことはできない。この小説は京の四季折々の自然と風物詩に主人公の心情を映し出したような、美しい物語である。だからこの作品は、原田マハのこれまでの系譜の延長線上に位置するが、読者は間違ってもいつものようにハートフル、あるいは感動を期待してはいけない。間違いなく裏切られるだろう。 読み終わって表紙にあしらわれた高山辰雄の「いだく」を改めて見る。ひとりの幼子を抱く二人の女性である。そこにあるのは生命の誕生に伴う爆発的な歓びではない。慈愛に満ちた静謐な愛情である。正に、この物語のために描かれたような絵である。あ、何とうっかりしていたことか。逆だったのだ。この絵から紡ぎ出されたのがこの小説だったのだ。 幼子を慈しみような視線で包み込む女性ふたり、1人は母親であろうが、もう1人は祖母にしては若すぎる、この3人の関係性はどうなっているのだろうか。そんな疑問を発端にして想像力を駆使した結果、生まれた物語かもしれない。そんな作者の心象風景を写し取った物語だけに、ドラマチックには仕上がらなかったのだろう。
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Ito
遠ざかる距離
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