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(無題)
坂本長利88歳。60年代には小劇場運動の旗手として活躍していた老俳優だ。先日NHKのラジオ深夜便に出演して一人芝居「土佐源氏」について語っていたのを耳にして、興味を持ったのだった。「土佐源氏」は、民俗学者の宮本常一が高知県檮原町で物乞いの老人から聞き書きした色懺悔話だ。67年、東京・新宿のストリップ劇場からショーの合間に演じる前衛劇を依頼された坂本は、「土佐源氏」を約25分の独演劇にしたてあげたのだった。以来約50年間、頼まれればどこにでも出かけていく一人芝居を演じ続けている。 さて、「土佐源氏」が収録された本巻「忘れられた日本人」は、かつて岩波文庫版で読んだことがあった。しかも、チャンとレビューも書いている。どうもその時は内容が退屈だったので、読み飛ばしてしまったようだ。今回「土佐源氏」を読み直して、日本列島南西部の風俗・習慣に改めて驚愕した。東北日本に育った私には、その習俗は全く馴染みのないものだったからだ。若衆宿が存在したこの当時は、夜這いは当たり前で、女性は夜這いに来た男性を受けれるし、仮に妊娠したとしてもその子供は集落の責任で育てられた。家父長制が成立する以前の妻問婚の名残なのであろうか。未婚者は、男女ともに性に対しては大変におおらかであった。ただし、それは村落共同体の構成員に限っての事で、それ以外の例えば土佐源氏のような徴税や使役から逃れた者には許されない事であった。それでは土佐源氏はどうして性欲を解消していたかといえば、もっぱら後家や他人の妾を相手にしていたという。ここでも性愛の快楽には寛容な社会が存在する。土佐源氏が語る女性遍歴のクライマックスは、良家の妻女とのセックスである。姦通罪がまだ生きていた戦前の話である。今時の不倫どころでない背徳感を伴った禁断の快感なのであろう。土佐源氏が禁断の果実を手に入れた唯一の武器が「優しくすること」だというのだから、なんとも女とは分からないものだ。もう一つ、紙背にはどんな人間に公平な宮本の暖かい視線が感じられる。人は氏素性で様々な生き方があるものだが、所詮は生まれる時も死ぬ時もひとり、しかも裸である、であるなら・・・。
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