永続敗戦論

戦後日本の核心

atプラス叢書

白井聡

2013年3月31日

太田出版

1,870円(税込)

人文・思想・社会

「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続くーそれが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。「侮辱のなかに生きる」ことを拒絶せよ。

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3.2 2018年01月25日

戦後レジウムからの脱却。安倍晋三総理の政策テーマである。戦後70年にもなんなんとするのに、声高に叫ばなければならない程、抜け出ることができない強固なシステムが存在する証左である。その実態はどのようなものであるかを追求したのが本書である。 8月15日が終戦記念日である事は日本国民の誰しもが知っている。しかし、終戦記念日とは言っても敗戦記念日と言う人はいない。その当時の大人が敗戦を終戦と言いくるめて、敗戦の現実と向き合うことを避けたのだ。この結果、何が起きたか。戦争責任を明確にする事無しに、国体の護持が図られた。同じ敗戦国でもドイツと我が国の戦後処理には、大きな違いがあった。先の大戦は何だったのか、あるいは自国は何を行ったのかを徹底的に総括したドイツに対して我が国の戦後処理の最大目標は国体の護持であった。そこには敗戦の責任を有耶無耶にして、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争へと国民を追い込んで行った支配層が、戦後も引き続きこの国を統治する意図が潜んでいた。 敗戦を終戦と呼び変えることによって、一体何が温存されたのか。敗戦の事実を誤魔化しているがゆえに、敗戦をもたらした体制が延々と続いている。この構造を著者は「永続敗戦」と呼ぶ。しかしこのことは、大部分の日本人にとって自覚されていない。戦後の冷戦構造と日本の経済的成功のおかげで見ないで済むようになっていたのである。 しかしながら、この体制はすでに限界に直面している。冷戦構造はとうに崩壊し、経済は衰退したからだ。そのとき、領土問題や沖縄の米軍基地問題に矛盾が吹き出す事になる。尖閣諸島をはじめとする領土問題に解決の目途が立たない理由は、二次世界大戦の敗戦処理に問題があったという事実である。冷静に考えれば、領土問題の処理は、カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約といった日本が受け入れた外交文書の文言によって規定されることは論を待たない。これら外交文書を読み込めば、日本政府が掲げる「固有の領土」論には相当の無理があると言わざるを得ないが、このことは国民にはほとんど理解されていない。例えば、竹島については国際司法裁判所に提訴し、法による決着を呼びかける政府が北方四島や尖閣諸島については同様のこうどうを取ろうとしないのは何故なのか、を考えればよく分かるはずだ。こうした現状は、敗戦を否認し、「あの戦争は負け戦ではない、単に終わったのだ」という歴史意識を国民に刷り込んできたことの結果にほかならない。 中国や韓国、北朝鮮との外交が愛国の名の下に感情が先行する最近の風潮の中で、冷静に考える上で本書は大変参考になる。 2014年10月24日 11:35:18 の変更内容が競合しています: 永続敗戦論 戦後レジウムからの脱却。阿部晋三総理の政策テーマである。戦後70年にもなんなんとするのに、声高に叫ばなければならない程、抜け出ることができない強固なシステムが存在する証左である。その実態はどのようなものであるかを追求したのが本書である。 8月15日が終戦記念日である事は日本国民の誰しもが知っている。しかし、終戦記念日とは言っても敗戦記念日と言う人はいない。その当時の大人が敗戦を終戦と言いくるめて、敗戦の現実と向き合うことを避けたのだ。この結果、何が起きたか。戦争責任を明確にする事無しに、国体の護持が図られた。同じ敗戦国でもドイツと我が国の戦後処理には、大きな違いがあった。先の大戦は何だったのか、あるいは自国は何を行ったのかを徹底的に総括したドイツに対して我が国の戦後処理の最大目標は国体の護持であった。そこには敗戦の責任を有耶無耶にして、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争へと国民を追い込んで行った支配層が、戦後も引き続きこの国を統治する意図が潜んでいた。 敗戦を終戦と呼び変えることによって、一体何が温存されたのか。敗戦の事実を誤魔化しているがゆえに、敗戦をもたらした体制が延々と続いている。この構造を著者は「永続敗戦」と呼ぶ。しかしこのことは、大部分の日本人にとって自覚されていない。戦後の冷戦構造と日本の経済的成功のおかげで見ないで済むようになっていたのである。 しかしながら、この体制はすでに限界に直面している。冷戦構造はとうに崩壊し、経済は衰退したからだ。そのとき、領土問題や沖縄の米軍基地問題に矛盾が吹き出す事になる。尖閣諸島をはじめとする領土問題に解決の目途が立たない理由は、二次世界大戦の敗戦処理に問題があったという事実である。冷静に考えれば、領土問題の処理は、カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約といった日本が受け入れた外交文書の文言によって規定されることは論を待たない。これら外交文書を読み込めば、日本政府が掲げる「固有の領土」論には相当の無理があると言わざるを得ないが、このことは国民にはほとんど理解されていない。例えば、竹島については国際司法裁判所に提訴し、法による決着を呼びかける政府が北方四島や尖閣諸島については同様のこうどうを取ろうとしないのは何故なのか、を考えればよく分かるはずだ。こうした現状は、敗戦を否認し、「あの戦争は負け戦ではない、単に終わったのだ」という歴史意識を国民に刷り込んできたことの結果にほかならない。 中国や韓国、北朝鮮との外交が愛国の名の下に感情が先行する最近の風潮の中で、冷静に考える上で本書は大変参考になる。 2014年10月24日 11:35:18 の変更内容が競合しています: 永続敗戦論 戦後レジウムからの脱却。阿部晋三総理の政策テーマである。戦後70年にもなんなんとするのに、声高に叫ばなければならない程、抜け出ることができない強固なシステムが存在する証左である。その実態はどのようなものであるかを追求したのが本書である。 8月15日が終戦記念日である事は日本国民の誰しもが知っている。しかし、終戦記念日とは言っても敗戦記念日と言う人はいない。その当時の大人が敗戦を終戦と言いくるめて、敗戦の現実と向き合うことを避けたのだ。この結果、何が起きたか。戦争責任を明確にする事無しに、国体の護持が図られた。同じ敗戦国でもドイツと我が国の戦後処理には、大きな違いがあった。先の大戦は何だったのか、あるいは自国は何を行ったのかを徹底的に総括したドイツに対して我が国の戦後処理の最大目標は国体の護持であった。そこには敗戦の責任を有耶無耶にして、敗北必至とあらかじめ分かっていた戦争へと国民を追い込んで行った支配層が、戦後も引き続きこの国を統治する意図が潜んでいた。 敗戦を終戦と呼び変えることによって、一体何が温存されたのか。敗戦の事実を誤魔化しているがゆえに、敗戦をもたらした体制が延々と続いている。この構造を著者は「永続敗戦」と呼ぶ。しかしこのことは、大部分の日本人にとって自覚されていない。戦後の冷戦構造と日本の経済的成功のおかげで見ないで済むようになっていたのである。 しかしながら、この体制はすでに限界に直面している。冷戦構造はとうに崩壊し、経済は衰退したからだ。そのとき、領土問題や沖縄の米軍基地問題に矛盾が吹き出す事になる。尖閣諸島をはじめとする領土問題に解決の目途が立たない理由は、二次世界大戦の敗戦処理に問題があったという事実である。冷静に考えれば、領土問題の処理は、カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約といった日本が受け入れた外交文書の文言によって規定されることは論を待たない。これら外交文書を読み込めば、日本政府が掲げる「固有の領土」論には相当の無理があると言わざるを得ないが、このことは国民にはほとんど理解されていない。例えば、竹島については国際司法裁判所に提訴し、法による決着を呼びかける政府が北方四島や尖閣諸島については同様のこうどうを取ろうとしないのは何故なのか、を考えればよく分かるはずだ。こうした現状は、敗戦を否認し、「あの戦争は負け戦ではない、単に終わったのだ」という歴史意識を国民に刷り込んできたことの結果にほかならない。 中国や韓国、北朝鮮との外交が愛国の名の下に感情が先行する最近の風潮の中で、冷静に考える上で本書は大変参考になる。

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