
ジャーナリズムなき国の、ジャーナリズム論
大石 泰彦
2020年1月15日
彩流社
2,860円(税込)
人文・思想・社会
日本の「マスコミ」に権力の監視など期待できるのか? この国の特異な報道のありようを分析し、 その根底にある制度的・構造的な矛盾を浮き彫りにする。 日本では「取材の自由」は法的に保障されていない。 したがってこの国おける「取材」は 権力側からの便宜供与に立脚してのみ可能となり、 必然的にマスコミは権力の統治機構の一アクターになり果てる。 それでも、この国に「ジャーナリズム」を見出すこと、 未来に向かってそれを構築することは可能なのか? これまでのメディア論には存在しなかった新しい視座を提示。 問題提起 「取材の自由」のない国で、いま起きていること (大石泰彦) 第1部 ジャーナリズム研究という不幸 -ないものを、あるかのごとく 1 イデオロギーとしての取材報道の自由 -問題提起をうけて(西土彰一郎) 2 フェイクの時代に「取材の自由」を論ずる虚無と絶望 (立山紘毅) 3 「ジャーナリストの自由」の不在が意味するもの (大石泰彦) 4 ジャーナリズムという日本語のトリセツ (木村英昭) 5 日本「マスコミ」はジャーナリズムではない -その虚構と擬制の構造分析(花田達朗) 第2部 ジャーナリストという不幸ー非在の職業を生きる悲惨と栄光 1 記者が総社畜化した時代 (佐藤光展) 2 人材マネジメントの改革なくして未来はない (辻和洋) 3 「男磨き」の「マスコミ」を離脱、ワセダクロニクルへ (木村英昭) 4 竜宮城からの脱出 (渡辺周)
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