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向田邦子、性を問う
『阿修羅のごとく』を読む
高橋行徳
2014年10月31日
いそっぷ社
1,870円(税込)
人文・思想・社会
向田邦子の驚くべき提案から始まったNHKドラマ『阿修羅のごとく』。性をモチーフに、家族のもろさ、個人の業の深さをあぶりだしにした不朽の名作の魅力に迫る!!
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(無題)
向田邦子の脚本によるテレビドラマと言えば「だいこんの花」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「あ・うん」とかなりを見てきているが、「阿修羅のごとく」はどうしたわけか見ていない。昭和のこの時代はテレビが一家団欒の中心であったし、ホームドラマを嘘っぽいと思わずに見られた時代であった。今は向田邦子も久世光彦も鬼籍に入って久しい。和田勉はどうしているのか。上記のテレビドラマなど知らない世代が大勢を占める時代になって、今なぜ、向田邦子なのか。いまどきは「鬼嫁」などと軽い言葉が好まれるようだが、向田邦子が描き出したのは、妬みや疑いの心が強く、絶えず他人と揉め事を引き起こす、そればかりか相手を曲解し嘘でもって攻撃する人間であった。これは理性や感情ではコントロールできない人間の性、いつの世にも変わらない「業」である。 人類の歴史で軍楽隊を始めて組織したのはオスマン帝国であった。オリエント特有のメロディーに乗って行軍するトルコ軍の兵士は勇敢でしかも残虐でもあった。オスマントルコ軍に包囲され、城中にまで響く渡る軍楽隊の響きは「音楽の都」ウイーンの市民を恐怖のドン底に引きずり込んだ。その音楽の調べは阿修羅を思わせる残忍なトルコ兵を思い浮かべるのに十分であった。今でもイスタンブールの軍事博物館に行くと、このトルコ兵の行軍を見ることができる。テレビドラマ『阿修羅のごとく』のテーマ音楽はトルコ軍の行軍マーチであった。この音楽は一度聞くと忘れられない印象的なメロディーだ。向田邦子は、女性の内面に潜む阿修羅のごとき残虐性を踏まえて、この音楽をテーマ音楽に選んだようだ。 話を本そのものに戻せば、先ずセックス抜きに家庭を築くことはできないのは、自明の理である。にもかかわらず、ホームドラマにセックスが描かれことはない。これはおかしいと、向田邦子は『阿修羅のごとく』を書いたのだった。ドラマは家を巣立った四姉妹にセックスの主体者である「父親の浮気」という事件を通して起こったそれぞれの騒動を描いたドラマである。四姉妹とその母という五人の女を登場させ、その内面を見事に表出させたドラマといえる。 長女・綱子は夫に先立たれて生け花の師匠として生計を立てているが、の料亭・枡川の旦那と不倫中。次女・巻子は専業主婦。夫の鷹男役の浮気を疑っている。三女・滝子は性に関して潔癖性なクセに、実は欲求不満の図書館司書。四女・咲子は家族に内緒で売れないプロボクサーと同棲している。父親・恒太郎はいわゆる”寡黙な親父”像そのものの。鷹男が浮気をなかったものにしようと動くが、恒太郎は「身から出た錆」と悠然と家族の非難を受け入れる。母親・ふじは影の薄い専業主婦で、夫に愛人がいたとしても家庭を守るのが美徳ととらえられていた時代の母親。ところがふじは娘のフリをして新聞社に投書したり、愛人の暮らすアパート付近で見張っていたりと、内面では嫉妬に燃えている。「女は言ったら負け」と、嫉妬の素振りを見せないふじの奥深い嫉妬の怖さを感じさせる。 私たちが普段シナリオを読む機会は、まずないので俳優の演技の裏にある脚本家の思いに考えが至ることは無い。本書は俳優の表情や台詞、ト書きに込められ脚本家の思いを懇切丁寧に解き明かしてくれる。本書を読んで「なるほど、そういうことだったのか」と納得するところ大であった。
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