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ロンツーは終わらない

山田深夜「ロンツーは終わらない」

--2019年12月27日

長江貴士

書店員

ロンツーは終わらない

山田深夜

2013年07月31日

徳間書店 722円(税込)2013年07月31日

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物語のスタートは、青森県にあるねぶた祭サマーキャンプ場。 その名の通り、ねぶた祭のためにあるキャンプ場だ。バイクもそこかしこに置かれ、ライダーたちが瞬時に仲良くなる。ライダーはどこにいてもそういうものだが、こうやってキャンプ場で一晩過ごすとまた違う。 岩山は早朝、一人でそのキャンプ場から出発するところだった。 群れるのは好きではない。ロンツー(ロンリーツーリング)を好み、群れたがるライダーたちとは違い、岩山は一人でバイクを転がすことを好む。何故だか、貸し借りにも異常にこだわる男で、ほんの些細な借りも嫌がり返そうとする。人から無償で何かをしてもらうなんて耐えられない。 そんな、ライダーとしてはちょっと厄介な岩山の元に、一人の青年が近づいてきた。岩山は直感し、気を引き締める。案の定その男は、自分を東京まで乗せて言って欲しい、ときやがった。誰かと一緒に旅をするのなんてゴメンだという岩山は、にべもなくそれを突っぱねる。 しかし、キャンプ場から出ようとバイクを発信させた直後、窮地をその男に救われてしまう。 貸し借りが嫌いな岩山は、斗児と名乗ったその青年を、近くの駅まで、という条件付きでバイクに乗せてやることにした。 駅までという約束は、なし崩し的に反故にされた。龍野と名乗る青森のチンピラ兄弟に因縁をつけられ、追われる身になったのだ。 しかし次第に、斗児の置かれた状況が明らかになっていく。様々な状況から、斗児に対する態度が軟化していた岩山は、柄でもないのに、斗児を東京駅まで条件付きで送り届けてやると約束してしまった。 青森のキャンプ場を出た二人が、追手に阻まれつつ様々な人たちと出会い、その過程で逃亡が助けられ、また岩山と斗児が抱える問題も少しずつ誘拐し、二人は旅を続けながら徐々に、スタート時とは違った心持ちになっていく…。 というような話です。 いやはや!これは素晴らしい作品でした。山田深夜の作品は「電車屋赤城」しか読んだことがないけど、「電車屋赤城」もべらぼうによかったから実はちょっと期待していました。うん、この作家、やっぱり巧いわ。ちょっと凄いなぁ。 本書は、「父と子」というテーマがとにかく作品全体を通底していて素晴らしいのだけど、その話はちょっと後にすすとしよう。まず、物語を包むストーリー展開が見事だ。 この作品は、一言で言ってしまえば、斗児という青年が岩山の知己を借りて青森から東京まで行く、ってだけの話です。ホントに、たったそれだけ。物語のスタートが青森のキャンプ場で、物語の終わりは東京駅です。まあ若干の回想場面はあるものの、その道中を描く以外にストーリー展開は特にない。 しかしこれが本当によく出来てる。まあ正直、ちょっと物語に都合が良すぎるかな、という場面もないではないけど、その辺りも、斗児や岩山の性格や状況を実に巧く設定して、物語として可能な限り自然な感じを目指している。 このストーリー展開に関する部分は、まあネタバレに直結するんで詳しいことは書けないんだけど、よくもまあこれだけギリギリの感じの逃亡劇を演出出来るものだな、と関心しました。普通に考えれば、この物語の中で、斗児と岩山のチームの方が圧倒的に優位だ。なにせ、閉鎖空間で追われているわけでもなければ、移動手段が限られているわけでもない。車でも電車でもなんでも、とにかく好きなものを選んで東京駅を目指せばいい。東京駅に早くたどり着かなくてはいけないわけでも、時間制限があるわけでもないから、斗児と岩山の二人は、どこかでしばらく潜んでいて東京駅に向かうのを遅らせたっていい。 一方追う側は、最終的な行き先が東京だってのは分かってるものの、移動手段を何にするのかもわからないし、どこかに潜伏しているにしてもどこかわからない。追う側にはかなりハードルの高い鬼ごっこだと思うんですね。 しかも設定として、岩山は物凄く頭の回転が早いし、知恵も回る。一方龍野兄弟は、決して頭が悪いわけではないけど、ちょっと間が抜けている。そういう、基本的な能力の設定としても、斗児・岩山側の方が高めに設定されているのだ。 なのに、この逃亡劇は、結構いい勝負になる。もちろん、追われて逃げてばかりでは、「父と子」の物語の方がゆっくり展開できないから、ある程度斗児・岩山側を有利にして時間的な余裕をもたせたのだろうと思う。それでも、龍野兄弟もちょっと遅れはするけど、きちんと追いかけてくる。その設定が本当に巧かった。普通の物語では、その展開はちょっと不自然になってしまうな、という場面でも、かなり偏屈な岩山のキャラクターがどっしりと設定されているから、岩山の状況に見合わない頑固なこだわりも通るし、また追う側と追われる側に奇妙な連帯感があるという点でも、不自然な状況がまかり通る素地がある。本書は、逃亡劇の部分だけ抜き出せば、それほどスリリングな展開ではないし、その展開だけでは決して一つの物語にはならない。ただ、「父と子」というメインの話を展開させる土壌としての逃亡劇という側面と、「父と子」という物語の核とは別に、エンタメとして物語を面白く読んでもらうという側面と二つあって、それが非常に巧くマッチしていると思いました。 龍野兄弟のキャラクターも実にいい。龍野兄弟は、地元青森で整備工場を経営する二人だが、諸事情あって斗児・岩山の二人を追いかけることになった(ここにも実は「父と子」の話が隠されている、という素晴らしさ)。いきがってはいるが所詮は田舎のチンピラで、脇の甘さに何度も岩山は笑みをこぼすことになる。二人を追わなけえばならないという事情から、多少のことはするけども、でも暴力的なことには訴えられないし、決して悪人ではない。 そんな龍野兄弟とのやり取りを、岩山は楽しんでいる。もちrん岩山には、斗児を東京駅まで送り届けるという約束があるから、龍野兄弟の希望を叶えてやることは出来ない。しかし、決して悪い人間ではない龍野兄弟のことは、憎めないしやり取りを楽しんでもいる。 この、追う側と追われる側の奇妙な連帯感も凄く楽しい。殺伐とした逃亡劇ではなくて、非常に牧歌的なのだ。それでいて、岩山の能力が図抜けているので、物語がつまらなくなる、ということはない。本当に巧い設定・展開だよなぁ、と感心しました。 この逃亡劇は、最後の最後まで楽しませてくれる。見事です。こんな形での逃亡劇が成立するんだなぁ、と思いました。 さてそして、「父と子」の物語です。これももう抜群にいい。 そもそも岩山は、具体的なことまでは判然としないものの、物語の冒頭から、父親への屈折した感情を抱えていることを読者は知る。それは、自分の名前や所属、生きてきた道のりや性格など、あらゆるものがぐちゃっとこんがらがって、その結果生まれてしまった固い結び目みたいなもので、岩山自身、その結び目の存在を苦々しく思いつつ、どうにも出来ないでいた。他にもいろんな理由があるとはいえ、岩山がロンツーをしている背景にも、父親とのあれこれがないとはいえない。 そんな折、斗児という青年に出会った。この斗児という男、初めの内は、ただ安く東京まで戻りたいだけの男かと思うのだけど、実はそうではない。斗児も父親とのとある確執を抱えている最中であった。でもそれは、物語の序盤ではまだ読者に知らされる情報ではないので、具体的にはここでは書かない。 岩山と斗児は、奇しくも共に、父親という存在への一筋縄ではいかない感情を抱えてふたり旅をすることになった。 道中二人は、様々な場面で「父と子」の物語を耳にすることになる。人と関わることを意識的に避けてきたはずの岩山だが、斗児と一緒に行動するようになって何かが狂ったのか、様々な人間から、その人間が抱える「父と子」の物語を耳にすることになる。 運送会社を切り盛りする女主人から聞いた聖書の話、龍野兄弟の話、せんべい屋の跡取り息子の話。他にも多くの人たちから、大小様々な「父と子」の物型を耳にすることになる。 岩山と斗児の状況は、似ている部分もあり似ていない部分もある。決して同じではない。だから、それらの話を聞いて二人が考えること・感じることもやはり違う。特に岩山の感情は、一筋縄ではいかないほどこんがらがっている。 岩山は、自身の性格や考え方が極端であることを自覚しつつ、周りの人間の話を素直に聞き入れることが出来ない。それは、岩山自身が体験したとある出来事の重さを忘れることが出来ないからだ。岩山にとってそれは、自分一人で決着できるほどの軽さではないし、誰かと共有して軽さを減じれるほど柔なものでもない。岩山にとってはどにもしようのない存在感で、どうしていいのかわからないほどだった。 しかしそれが、次第に溶けていく。それを溶かした存在の筆頭は、斗児だっただろう。斗児が何かをしたわけではない。しかし、長いこと積極的に人と関わることを止めていた岩山にとって、不可抗力的に(と自分に言い訳が出来る状況である、ということが岩山自身の中では非常に重要だった)誰かと一緒にいなくてはならない状況に置かれた、という変化が、最も大きなものだっただろう。しかもその斗児自身も、父親との確執を抱えていた。そこには、かつての自分を見るような眼差しもあったのではないかと思う。 さらにその上で、道中二人は様々な人間に出会う。それは、日常的にはなかなか出くわすことのない、ちょっと変わった人間だったり、ちょっと変わった状況にいる人間だったりするわけだけど、その人たちと関わり話を聞くことで、岩山の強張りは少しずつ緩やかになっていく。 その過程が本当によく出来ていて素晴らしい。ホントはもっと色々書きたいのだけど、やはりネタバレになっちゃうことを考えて具体的に書けないのが残念。岩山の、どこまでもねじ曲がった性格や考え方が、非常に素直な青年・斗児との逃亡劇の中で、少しずつ変節していく。著者の力量が際立つ物語だったなと思います。 岩山が繰り出すマニアックな知識や危機的状況に慣れた立ち居振る舞いもなかなか圧巻だし、斗児の方も次第に強くなっていく過程も実にいい。「父と子」という骨太の主軸を、ちょっと脱力させつつ巧くシーソーゲームが成り立つ珍妙な逃亡劇で包んだ物語は、エンタメとしても面白く読ませつつ、しっかりと読者の内側に残すものがある。やっぱり山田深夜は巧いなぁ。これからも追いかけたい作家です。是非読んでみて下さい


長江貴士ながえ・たかし

書店員

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