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新刊最速レビュー 『鉄路の果てに』
清水さんと青木さんと黒パン。いや、黒パンがメインじゃないんだけど、でも黒パン。
文庫Xでお世話になった清水潔さんのシベリア旅エッセイは、父親の残したメモをスタートに、自分が今まで知らなかった父のこと、戦争のこと、そしてシベリアのことをたどっていく。 父親の残した「だまされた」というメモ。重くなりそうなテーマを抱えたこの旅は以外にも軽やかで楽しい。 この旅に気持ちよさという彩を添えてくれたのは、同行者である作家青木俊さん。 ロシアに何度も行ったことのある青木センセイのアドバイスと度胸と知識があってこその、この旅。最高の同行者は最高の旅を作るんだな、としみじみ。 日本と大陸の関係、日清日露戦争、第二次世界大戦、七三一部隊、南京事件、シベリア出兵、敗戦、シベリア抑留…本当に、どこをどうとっても楽しい話はない。世界が犯してきた罪のその足跡をたどる鉄路。 鉄道というものが果たす役割の大きさ、その存在の意味。 希望や命を運ぶ鉄道の終着駅が絶望と死である「戦争」のそのおぞましさも目の当たりにする旅。 そのひとつひとつと、父親の足跡とを自分の中で消化していく。多分一人旅であったら続けられなかったのではないか。豪快にウォッカを飲みながらわははわははと笑い飛ばしてくれる青木センセイの存在が冷たい旅に温かさをもたらしてくれている。あぁそうか、もしかすると青木センセイはわざとそんな風にしていてくれたのかも。 なんて考えながら、傑作『潔白』の表紙のような写真を撮ってくれという青木センセイのリクエストに応えて撮った一枚が、どんな風だったかを読んで思わず吹き出してしまった。いや、それ見たかった… 全体的に軽やかに楽し気に仕上がっているこの旅の一冊が、実はものすごくたくさんの重く深い事実を含んでいることに読み終わってしばらくしてから改めて気付くだろう。 私たちが生きている今、どんな歴史の上にこの時間が成り立っているのか、誰から、何を受け取ってきたのか、それをゆっくりと考えたい。